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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)272号 判決

主文

上告人が破産者樽前運輸有限会社に対し札幌地方裁判所昭和五八年(フ)第四八〇号破産事件につき二六〇万四一三〇円の破産債権を有することを確定する。

当審における訴訟費用のうち新訴に関して生じたものは、被上告人の負担とする。

理由

一  原審が適法に確定した事実関係及び記録上認められる本件訴訟の経緯の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、昭和五四年六月二七日、有限会社森田土木運輸(旧商号有限会社三東運輸。以下「訴外会社」という。)から同社の破産者樽前運輸有限会社(以下「破産会社」という。)に対する昭和五四年七月末日までの運送代金債権五一一万〇二八八円(以下「本件債権」という。)の譲渡を受け(以下「本件債権譲渡」という。)、同社は、同年六月二八日ころ到達の確定日付のある書面をもつて破産会社に対し、本件債権譲渡の通知をした(以下「本件譲渡通知」という。)。上告人は、同年七月六日、破産会社から本件債権のうち二六六万三三九五円の支払を受けた。

2  訴外会社は、本件譲渡通知ののち、同年八月八日ころ、上告人の債務不履行を理由に本件債権譲渡を解除し、そのころ破産会社に対し、その旨通知したが、右解除が訴外会社の誤解に基づくものであることが判明し、同年九月一日ころ、破産会社に対し、前記解除を撤回する旨の通知をした。

3(一)  石川正三は、札幌地方裁判所において、訴外会社に対する債権に基づき、訴外会社の破産会社に対する本件債権中二一五万一一五一円(以下「本件債権部分」という。)について、同年八月一五日仮差押命令を、更に、同年一一月一日債権差押・取立命令を得、右各命令は、それぞれそのころ破産会社に送達された。

(二)  破産会社は、前記解除通知を受ける以前に訴外会社代表者から本件債権譲渡契約を解除する旨聞き及んでいたので、右解除は有効にされ、本件債権は訴外会社に復帰したものと信じていたところ、その後右仮差押命令の送達を受けたのちに、訴外会社から右解除の撤回の通知を受けて、訴外会社の一貫しない態度に不審を抱かなくはなかつたが、更に右債権差押・取立命令が送達され、かつ、右命令により被差押債権の取立権者とされる石川の代理人たる弁護士入江五郎から再三の催告を受けて、裁判所の判断に過誤なきものと考え、右命令に従つて、同年一一月二一日、本件債権部分の金額を石川の右代理人に対して支払つた。なお、上告人は、破産会社に対し、同年九月二八日ころ支払催告書で支払請求したほか、その後、時折口頭の支払催告をした。

4(一)  以上の事実関係のもとにおいて、上告人は、破産会社に対し、本件債権の残額二四四万六八九三円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年八月五日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

(二)  第一審は、上告人の請求のうち二九万五七四二円及びこれに対する遅延損害金の請求部分を認容し、その余を棄却し、原審は、右判決の上告人敗訴部分に対する上告人の控訴を棄却した。

5(一)  破産会社は、原審の口頭弁論終結後の昭和五九年二月一七日、札幌地方裁判所において破産宣告を受け(同裁判所昭和五八年(フ)第四八〇号破産事件)、被上告人が破産会社の破産管財人に就任した。被上告人は、上告人から右破産事件につき届け出られた本訴請求にかかる前記4の(一)の債権のうち本件債権部分及びこれに対する遅延損害金について異議の申立をした。

(二)  上告人は、当審において、前記4の(一)の請求のうち右異議の申立にかかる一、二審での敗訴部分につき、主文第一項同旨の判決を求める旨の訴えの変更をし、被上告人において右訴えの変更につき同意した。

二  ところで、債務者に対する金銭債権に基づく給付訴訟が上告審に係属中に、当該債務者が破産宣告を受け、破産管財人が、届け出られた当該債権につき異議を申し立てて、前記訴訟手続の受継をした場合には、当該訴訟の原告は、右債権に基づく給付の訴えを破産債権確定の訴えに変更することができるものと解すべきである。したがつて、上告人の前記訴えの変更は有効である。

三  上告代理人富岡健一、同木村静之の上告理由は、右訴えの変更により原判決の上告人の敗訴部分が失効したことに伴い、対象を失うに至つたが、訴えの変更後の上告人の新請求に関しても同一の問題が存し、右上告代理人らは新請求につき同旨の主張を維持しているものと解されるので、右上告理由指摘の問題について順次検討することとする。

1  右上告理由第一点指摘の問題について

二重に譲渡された指名債権の債務者が、民法四六七条二項所定の対抗要件を具備した他の譲受人(以下「優先譲受人」という。)よりのちにこれを具備した譲受人(以下「劣後譲受人」といい、「譲受人」には、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令及び差押・取立命令の執行をした者を含む。)に対してした弁済についても、同法四七八条の規定の適用があるものと解すべきである。思うに、同法四六七条二項の規定は、指名債権が二重に譲渡された場合、その優劣は対抗要件具備の先後によつて決すべき旨を定めており、右の理は、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令及び差押・取立命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においても異ならないと解すべきであるが(昭和四七年(オ)第五九六号同四九年三月七日第一小法廷判決・民集二八巻二号一七四頁参照)、右規定は、債務者の劣後譲受人に対する弁済の効力についてまで定めているものとはいえず、その弁済の効力は、債権の消滅に関する民法の規定によつて決すべきものであり、債務者が、右弁済をするについて、劣後譲受人の債権者としての外観を信頼し、右譲受人を真の債権者と信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失のないときは、債務者の右信頼を保護し、取引の安全を図る必要があるので、民法四七八条の規定により、右譲受人に対する弁済はその効力を有するものと解すべきであるからである。そして、このような見解を採ることは、結果的に優先譲受人が債務者から弁済を受けえない場合が生ずることを認めることとなるが、その場合にも、右優先譲受人は、債権の準占有者たる劣後譲受人に対して弁済にかかる金員につき不当利得として返還を求めること等により、対抗要件具備の効果を保持しえないものではないから、必ずしも対抗要件に関する規定の趣旨をないがしろにすることにはならないというべきである。それゆえ、原審の確定したところによれば、本件債権部分の二重の譲受人と同視しうる立場にある上告人と石川の対抗関係における優劣は、譲渡人である訴外会社の確定日付のある文書による本件譲渡通知の破産会社に到達した日時と前記仮差押命令が破産会社に送達された日時の先後によるべきものであつて、上告人が唯一の債権者であり、石川の得た前記の仮差押命令及び差押・取立命令は、訴外会社に帰属しない債権を対象としたものとして、上告人に対してはその効力を主張しえず、無効であつたが、右仮差押命令等を得た石川は本件債権部分の取立権者としての外形を有し、右債権の準占有者に当たるということができるから、同人に対する弁済につき民法四七八条の規定の適用があるものというべきである。

2  同第二点指摘の問題について

(一)  民法四七八条所定の「善意」とは、弁済者において弁済請求者が真正の受領権者であると信じたことをいうものと解すべきところ、原審の前記確定事実によれば、破産会社は、本件譲渡通知により本件債権譲渡の事実は知つたものの、本件債権仮差押命令及び差押・取立命令の送達並びに石川の代理人たる弁護士の支払催告を受けて、石川が正当な取立権限を有する者と信じた、というのであるから、破産会社が善意であつたというべきである。

(二)  そこで、次に、債権の準占有者である石川に弁済した破産会社の過失の有無について検討すると、民法四六七条二項の規定は、指名債権の二重譲渡につき劣後譲受人は同項所定の対抗要件を先に具備した優先譲受人に対抗しえない旨を定めているのであるから、優先譲受人の債権譲受行為又はその対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じない等の場合でない限り、優先譲受人が債権者となるべきものであつて、債務者としても優先譲受人に対して弁済すべきであり、また、債務者が、右譲受人に対して弁済するときは、債務消滅に関する規定に基づきその効果を主張しうるものである。したがつて、債務者において、劣後譲受人が真正の債権者であると信じてした弁済につき過失がなかつたというためには、優先譲受人の債権譲受行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないと誤信してもやむを得ない事情があるなど劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである。そして、原審の確定したところによれば、訴外会社の本件譲渡通知の破産会社に対する到達日が石川の得た本件債権仮差押命令の破産会社への送達日よりも早かつたというのであるから、債務者である破産会社としては、少なくとも、準占有者である石川に弁済すべきか否かにつき疑問を抱くべき事情があつたというべきであつて、石川の得た前記の仮差押命令及び差押・取立命令が裁判所の発したものであるとの一事をもつて、いまだ破産会社に石川が真の債権者であると信ずるにつき相当の理由があつたということはできないから、破産会社が、前示のとおり、前記債権差押・取立命令等を発した裁判所の判断に過誤なきものと速断して、取立権限を有しない石川に対して弁済したことに、過失がなかつたものとすることはできない。

四  以上説示したところによれば、前記確定事実のもとにおいては、上告人は、破産会社に対し、札幌地方裁判所昭和五八年(フ)第四八〇号破産事件につき本件債権の残額二四四万六八九三円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年八月五日から破産宣告の前日の前である昭和五九年二月六日までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金五一万五二五四円との合計二九六万二一四七円の破産債権を有するものというべきである。しかるところ、第一審判決において上告人の本訴の変更前の請求のうち二九万五七四二円とこれに対する遅延損害金の請求部分を認容した部分については、当該債権につき被上告人から異議の申立がないのであつて、右請求認容部分に該当する部分を控除した本件債権の残額二一五万一一五一円及びこれに対する前記期間にかかる遅延損害金四五万二九七九円の合計二六〇万四一三〇円の破産債権につき確定を求める本訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭)

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